ぽくぽく日記

毎日のくらしをぽくぽくとさんぽするように味わいたい。

トレイン・スイート・メモリーズ

 こんばんは。
 今日は、さむいです。育った町のことを考えれば、ほんのすこしのさむさなのですが、それでもやっぱりさむい…。厚手のカーディガンを着て、パソコンの前にすわっています。

 ひとつ前の記事「ひとり1冊」で時刻表のことを書きました。書きながら、高校の同級生Wくんのことが頭に浮かんでいました。

 Wくんとは部活が同じでした。吹奏楽部です。
 わたしは、練習日数の多さについていく気がなく途中でやめたのですが(今考えるとふつうくらいの練習量だったと思いますが)Wくんはやりきっていました。
 わたしが言うのもなんですが、Wくんはあまり上手ではありませんでした。楽譜を読むのも苦手で、音やリズムをよくまちがえていました。やさしく励ます人もいましたが、あきれている人もいて、部内の空気はWくんにとって快適だったとは言えません。それでもWくんは自分の担当の楽器が好きで、みんなと音楽を奏でることが好きで、部活を続けました。
 わたしが言うのもなんですが(2回め)、Wくんは勉強も苦手でした。定期テストは赤点ギリギリか赤点か、というレベルだったのですが、自分の夢のために高校在学中に英検2級を取得しました。
 面と向かって言うことはありませんでしたが、Wくんをすごいなと思っていました。

 大学2年生のときです。
 金曜日、ひとり暮らしのアパートではなく、家に帰るため電車に乗っていました。その電車は最初は仕事から帰ってくる人や学生がたくさん乗っていますが、だんだんと空いていき、停車駅を半分ほどすぎると1両に数人しかいない状態になります。
 今日もガラガラになったなと、ふとまわりを見渡すと、なんだか見たことのある頭がボックス席からひょっこりと見えます。
 …あれ?もしかして…。
 人ちがいだったらどうしよう、あたっててもわたしのことわからなかったらどうしようと、しばし迷いましたが、勇気を出して声をかけてみることにしました。

「…突然すみません。ちがってたらごめんなさいなんだけど、Wくんですか?」
「お…?おおー…!あさかさん?」
「そうそうー!よかったー!ちがってたらどうしようって思ってたんだよねー!」

 予想が見事にあたり、しかもWくんもわたしのことがわかって、無事に会話がはじまりました。

「Wくん、学校の帰り?」
「そうそう。あさかさんも?」
「そう~。いつもはK駅の近くでひとり暮らししてるんだけど、今日はうちに帰るの。終点まで乗るんだ」
「けっこう乗るね。おれは、T駅まで」

 Wくんとは高校時代あまり話したことがなかったのですが、不思議と言葉につまることなく、するすると話せました。
 おたがいに近況を言うと、ふたりは電車に乗る駅が同じで、Wくんは1時間半ほどで着く駅で降りることがわかりました。
「じゃあ、また電車で会ったら―」
 Wくんは電車を降りました。

 それから何度かWくんに会いました。
 いろいろ話すうちに、Wくんは鉄道ファンであることが判明しました。このタイプの車両は県内に何台あるとか、ボックス席のある車両は同じに見えるけどシートの幅がちょっとせまいタイプとちょっと広いタイプがあるとか、鉄道豆知識を嬉々として聞かせてくれました。
 知的でおもしろく親しみやすい様子のWくんに、すこし胸がときめいたことを素直に認めましょう。背も高いし、顔もよく見れば整っている気がする…(失礼)。
 しかし、まったく脈はなく、Wくんが好きだというのり巻きせんべいを献上したりしたのですが、わたしは「鉄道の話を聞いてくれる、たまに会う人」というポジション止まりでした。

 Wくんの謎は、ある帰り際にぽろっと出たひとことです。
「じゃあ、あたし、ここで降りるから。またね」
 …あたし?
 ぽろっと「あたし」という一人称が出てから、Wくんの一人称はずっと「あたし」でした。
 それをつっこみたいものの、Wくんを傷つけるのはいやだし、そもそも「『あたし』ってなに?」と言えるほど親しい間柄ではないし、ぐっとこらえたわたしです。
「あたし」って言うWくん、いきいきしてたなぁ。いっしょにお酒のんでみたかったなぁ。